特集記事 Reviews

#049 陶芸家
鴨下 知美さん

灯油窯だから出会える
思いがけない色の味わい

 厳しかった練馬の夏もようやく姿を潜め、やって来たのは読書の秋、食欲の秋、そして芸術の秋! 芸術の秋にちなみ、三原台に工房を構える陶芸作家・鴨下さんに登場していただきました。

 鴨下さんは、陶芸教室の講師を務めつつ、年に1~2回のペースで個展を開く気鋭の若手作家。教室では、小学生からベテランまで幅広い生徒を相手に基礎を教えながら、希望に沿ったアドバイスを行っています。

 「仕上がる色は釉薬のかけ方で変わるのですが、釉薬が少ないと色が薄くなる。それを失敗と言う生徒さんもいますが、私はそれはそれで面白い色だと思うんです。生徒さんの作品を見るのも勉強になるんです。色は、窯出しまでどうなるかわかりません。『こんな色になったんだ!』と、思いがけない感動がある。それが窯出しの醍醐味ですね」

 講師を勤める一方で、個展への準備にも忙しい鴨下さん。形作り、乾燥、素焼き、色付けなど、すべての工程を終えるまでに、なんと1か月半! 出品までに半年は必要という、孤独で地道な作業が続きます。それが苦にならないのが、アーティストの素質なのかもしれません。

 「この世界に入った頃、先輩に『焼きが大切』と教わったんです。それぐらい、焼きが一番難しい。私は灯油窯を使っているのですが、これは安定しないタイプの窯なんです(笑)。だから一回一回違うものが出来上がる。でもそれが面白いんです。陶芸教室では一般的に、温度管理がしやすい電気窯を使います。電気だと、確かに思い通りの色は出るんですが、私は意外性のある灯油窯のほうが好きなんです」



お客様とのやりとりの中で
教えられる意外なアイディア


 無難や安定を求めるより、意外性が欲しい。そんな冒険家(!?)の鴨下さんが陶芸と出会ったのは、大学生の時でした。

 「高校生の時に油絵を始めたのがきっかけで美大に進みました。陶芸に出会ったのは大学の授業です。もともと立体に興味があって、陶芸は表現したいものにピッタリだと直感したんです。そのうち、ご近所さんから『こんな食器を作って』と頼まれるようになり、今はウツワ作りが中心になっています。個展にいらしたお客様からオーダーを頂くこともあるのですが、私の中にはない発想が多く、ハッとさせられますね」

 そうして作った作品は、酒好きにはたまらない片口&お猪口、たかつき(脚付き盛り皿)など、量販店では見かけない個性あふれる食器の数々。お寿司屋さんからのオーダーで、ブロック型の変わった寿司皿を作ったこともあるそうです。

 「試作品を作り、それを見てもらって…と、お客様とやりとりしつつ作っていきます。オーダー通りに仕上がらなくても、『これも面白いね』と受け入れてくださる寛大な方が多いので助かります(笑)。納品した作品を、時間が経ってから見せてもらうこともあるのですが、日々使われてきた食器は、また違う艶感になっているんです。私が考えていたのとは違う使われ方をしているのも面白い。日常に使われるウツワならではの発見があるんです」

 「これはこうじゃなきゃダメ」と決め付けるのではなく、「これも面白い」と、別の角度から魅力を発見できる。そんな彼女だからこそ、周りに集う人々も寛大になれるのかもしれません。

 「仕上がった作品は、できるだけ手渡しでお届けにあがります。その場で確認して頂きたいし、なによりお客様の反応を見たいから。練馬では、地元のつながりで、石神井の雑貨店・クヌルプに作品を置いて頂いています。もともと食器好きの母が通っていたお店だったんですが、私も行くようになったのがお付き合いの始まりでした」

 秋に発行の「チャリまっぷ」には、クヌルプの場所とともに、鴨下さんのイラストも掲載されています。芸術の秋とスポーツの秋を兼ねて、チャリまっぷを片手に自転車で石神井公園へ出かけ、陶芸作品を眺める。そんな秋の過ごし方はいかがですか?

(2010年10月1日更新)


様々な釉薬が並ぶ棚。
出したい色に応じた釉薬を使う


片口のウツワは、
注ぎ口がポイント。
酒好きのお客様からの
オーダーが多いという


シャープな形状が珍しい丼。
ラーメンでも蕎麦でも
何を入れてもオシャレ!


煙突があるため、設置場所に
制限がある灯油窯。
温度は一気に上がらず、
1時間に約100度ずつ。
ひたすら待ちの作業が続く


窯があるのは築100年近い
元精米所。
古い梁や歯車が懐かしい雰囲気


実家には食器好きの
お母さんが集めた
様々な食器がある。
その影響で他作家の
展覧会に行ったりと、
新たな縁が生まれるそう


ヒビや歪みがあり
納品できないものを
捨てずに家で使っている

個展用の作品。
日常使いを考えて、
使いやすさも重視している


「気ままな秋のチャリまっぷ」表紙

プロフィール

鴨下 知美さん

鴨下 知美さん

練馬区で生まれ育つ。女子美術大学工芸科陶芸専攻を卒業。講師のかたわら、個展を開いている。実家は100年以上も続く老舗の米穀店。かつての精米所に窯を置き、製作に励む日々。練馬で好きなお店は南蔵院近くの「玄蕎麦 野中」。お蕎麦はもちろん、だし巻き卵とそばスイーツも絶品! 西洋の磁器にお蕎麦を盛るなど、ウツワ使いのセンスも参考になるとのこと。

ねりま人一覧