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#094 漫画家
ちばてつやさん

漫画家になって間もなく練馬へ
全精力を注ぎ漫画を描いてきた


 2014年9月21日まで練馬区立美術館で開催される「あしたのジョー、の時代展」では、当時を思い起こすような資料とともに、ちばてつや先生の原画も100点以上展示。実は、美術館での展示が初めてとのこと。幼いころから絵を描くのが好きだったというちば先生にお話を伺いました。

「母親に反対されながらも、漫画を書き続けてましたね。17歳で漫画家としてデビューして、当時は漫画に集中するため、部屋を出るのはトイレとご飯とお風呂のときだけと決めていた。だから血の巡りが悪くなって…。仕事に行き詰まった時は、もう頭を掻きむしるしかなかったですね」

 高校卒業後、編集者に勧められて墨田区から練馬区に転居。それ以来、ずっと練馬区民です!

「練馬はまだまだこれからという土地で、周りは大根畑やキャベツ畑、石神井川も草むらの土手を降りて行って足をバシャバシャつけられた。自然がたくさんあって気に入りましたね。漫画家は孤独な仕事ですから、近くに手塚治虫さんや馬場のぼるさんといった先輩漫画家たちが住んでいたのは、とても心強かったです」

 少女漫画から少年漫画、青年漫画へと幅を広げていくなかで、ちば先生の名前を一気に有名にしたのが、1960年代後半から1970年代にかけて「週刊少年マガジン」で連載された「あしたのジョー」(高森朝雄原作)。ジョーの生き様が多くの共感を呼び、作中で亡くなったライバル、力石徹のお葬式が実際に執り行われました。その中心となったのは劇作家の寺山修司。時代と深く結びつき、様々な社会現象を呼び起こしました。

「連載がはじまった頃は、高度経済成長期で勢いがありました。反対に、私は漫画を描くようになって18年目で疲れがピークでした(笑)。不規則な生活でほとんど部屋に引き籠もっている中、テレビやラジオから『このままの日本でいいのか!』といった大学紛争などのニュースが入ってきました。日本全体に活気があるなあ、と感じながら仕事をしていました」と、当時を振り返ります。



過去、未来、宇宙、人と人…
漫画はその懸け橋になれる


 大学での講義も持ち、幅広いファン層を持つちば先生、「漫画は読んでリラックスする存在であってほしい」と、優しい眼差しで語ります。

「勉強、仕事、子育て、生きていくのは大変で、疲れてしまいます。だから、そんな時は漫画を読んで、元気になってもらいたい。キャラクターが元気に頑張っている姿に自己投影したり、時にはヒーローに憧れたり。漫画を読んで癒されて、ほっとする。それで、『また頑張ろう』と思ってもらえたらうれしいですね」

「漫画は世界中にありますが、日本には江戸時代の昔から黄表紙など大人になっても楽しく本を読む独特の文化がありました。今はジャンルもたくさんあります。漫画で昔の人の暮らしを見ることができるし、松本零士さんのように宇宙を旅することもできる。手塚治虫さんのように未来の世界を見せる人もいる。50年も前に手塚さんが描かれた高速道路なんかが、今はその通りになっている。あの人の頭の中はどうなってたんだろうと思いますね(笑)」
と、少年のように輝いた目で次々と語られる漫画の魅力に、思わず聞き入ってしまいます。

 満州からの引き揚げ経験のあるちば先生は、後世に戦争の現実を伝える活動もしています。

「はじめは同世代の仲間内で『8月15日何してた?』『あの時はお腹がすいてたね』という話をしていて、『じゃあそれを絵にして残そう』と『八月十五日展』を始めました」

 2003年から国内各地で行われた『八月十五日展』は、2009年より中国でも開催され、予想以上の手ごたえを感じているちば先生。

「中国の子どもたちが『日本にもお腹をすかせた子どもがいたんだ』『日本にも空襲や原爆など辛いことがあったんだ』って驚いてるんです。じゃあ戦争ってなんなんだ。加害者も被害者もみんな犠牲者になるんだねと気がついてくれて、とてもいい交流ができました。これからもそういうことを大事にしていきたいですね」

 精神の宿る漫画には、国境も時代も超越する力があります。もはや歴史の一部となった「あしたのジョー」の世界。力強くて温かいちば先生の漫画の力を、肌で感じてみたいですね!

(平成26年8月1日)

「あしたのジョー」扉絵原画
(『週刊少年マガジン』
1972年4月9日号)
ちばてつやプロダクション蔵
© 高森朝雄・ちばてつや/講談社


「あしたのジョー」扉絵原画 (『週刊少年マガジン』
1970年2月8日号)
ちばてつやプロダクション蔵
© 高森朝雄・ちばてつや/講談社


「力石徹告別式」チラシ
1970年 テラヤマ・ワールド蔵
© 高森朝雄・ちばてつや/講談社


アニメプロジェクトin大泉2014で
開催された松本零士先生との
トークショー。
帽子を取り替えて登場する
お茶目なワンシーンも


大泉小学校の体育館に
詰めかけた往年のファン!


取材場所の応接室にも
お宝フィギュアなどが並ぶ


あしたのジョー」の
脳裏に残るシーンのフィギュアも


「男の、人間の生き様を
描いてきた」と言うように、
漫画から先生の魂を感じます!

プロフィール

ちばてつやさん

ちばてつやさん

1939年墨田区に生まれる。2歳で満州に渡り、終戦後に帰国。子どもの頃から絵を描くのが好きで、1950年、小学生の頃には友人の作る漫画同人誌に参加。16歳の時に広告で見た漫画家募集に応募し、1956年、単行本作品でデビュー。以来、少年少女向けの漫画を精力的に発表し続け、1965年「ハリスの旋風」が白黒アニメ化される。1968年、戦後最大のヒット作といわれる「あしたのジョー」(高森朝雄原作)が連載開始。数々の社会現象を巻き起こし、アニメ化、映画化され、40年以上たった今も多くの人に愛されている。2005年からは宇都宮の文星芸術大学の教授に就任。2012年7月より社団法人日本漫画家協会の理事長を務める。健康の秘訣は身体を動かすこと。練馬で一番好きな場所は、自然いっぱいの地元のテニスコート! 太陽のもと、仲間と思いっきりテニスを楽しんでいる。

ちばてつや公式サイト
公式ブログ「ぐずてつ日記」

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