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#066 ニッカー絵具株式会社 代表取締役社長
妻倉 一郎さん

人との出会いが一番好き!
そこからすべてが始まるから


 練馬といえばアニメの街ですが、日本初のTVシリーズ『鉄腕アトム』を放映した虫プロに始まり、様々なアニメ会社に、アニメ用絵の具を卸していたのがニッカー絵具。日本が世界に誇るスタジオジブリの背景は、この会社の絵の具なんです!

 「当時、虫プロの担当者が工場にいらして、何度もディスカッションして欲しい色を作りあげたと聞いております。スタジオジブリの背景で有名な男鹿和雄さんからは、『コツコツとこれからもよろしくお願いします』と頼まれました」
 と語る妻倉さんは、40年ほど前に入社し、2007年に4代目社長に就任。以降、時代に合わせた様々な“改革”を行ってきました。

 「まず工場の壁を、すべて自分たちで塗り替えました。工場の人間も営業も事務員も、もちろん私も、全員つなぎを着て、会社の絵の具を少し加工して使うんです。そうすることで、自社の絵の具の発色、ノビや粘りなどクセが体感できますから」

 会社に残っていた古い体質を変える中で、妻倉さんが気づいたことは、「何かを変えるには、まず自分が変わらないとダメ」ということだったそうです。還暦を過ぎてなおこの柔軟性は、得難い才能です!

 「常にプラス思考。“アイディアが出たら、すぐやってみる”がモットーです。若い人にも、常に新しいことを考えていってほしい。だから何か提案があったら『まず、やってみな!』と言います。ダメなら軌道修正すればいいんですから」

 社員全員の言葉を集めて61年目にして初めて社訓をつくったり、定期的に面接を行って社員の気持ちを聞いたりしてきました。「一番好きなのは、人との出会い。そこからすべてが発生する」というだけあり、人とのコミュニケーションを大切にする姿勢が伺えます。

 「街の落書きが問題になった数年前、知人のつながりで芸大の工藤教授から連絡があり、JR取手駅の落書きの上に絵を描くプロジェクトに協力しました。ウィズカラーで仕上げた絵の上に専用の落書き防止コーティング剤を塗ると、ツルツル滑って何も描けなくなるんです。街が明るくキレイになって、長く維持できる…。何ともうれしいことですねえ」

 作業していると、住民から缶コーヒーの差し入れがあって親しくなったりと、またコミュニケーションが生まれるそう。そこでの出会いが、次の仕事につながると言います。妻倉さんの話しやすい気さくな人柄も、人と人をつなげる力になっているに違いありません。



人工的なフィルムより
手描きの“味”が大好き


 こうして美大系とのコラボで、各所の落書きを美しく塗り替えてきたニッカー絵具。たとえば、北町消防署の扉、上井草商店街のシャッターはガンダムのペイントでファンを喜ばせています。丸の内線東京駅構内の絵などは、夜中3時間で仕上げたとのこと。

 「和光市の高架下の作業では、近所の保育園、幼稚園10校に絵を描いてもらい、それを50倍に拡大して、子どものタッチのまま描き直しました。フィルムに印刷する方式だと、費用は10倍になるし、何より味がない。私たちは手描きのもつ“味”が大好きなんです」

 他にも、近所の人に頼まれ外壁をアートに仕上げたり、茨城県立こども病院で幼児が怖がるCTスキャンに和やかな絵を塗ったりと、様々な場所で自分たちの“味”を表現しています。

 「利益を追求するのが企業だけど、相手の気持ちになることがまず大事。『ありがとう』の一言で成功なんです。いいことをして、その見返りを期待するのではなく、それが巡り巡って会社を含め世の中が良くなればと思います」
 妻倉さんのこの精神は、動物愛護にもつながっています。現在は、引退した競走馬を世話する「ときがわHORSE CARE GARDEN」に、年2回社員を連れてボランティアに行きます。

 「動物の世話をしていると、仕事を忘れて真っ白になれるんです。若い人には、違う世界を観るチャンスを与え、人の痛みを覚えてもらいたいという思いもありますね」

 妻倉さんが動物好きになったのは、都内でシェパードを10頭(!)、ヤギまで飼っていた父親の影響が大。そしてやっぱり娘さんも、「庭で馬を飼いたい!」と言い出すほど。妻倉さんのDNAには、人間も含めた生き物への愛情が刻み込まれているようです。

(2012年4月5日更新)

みんなで塗り替えた工場の壁。
何の会社か一目瞭然!
ご近所にアピールができた
(写真提供:ニッカー絵具)


1951年に国産初の不透明水彩絵具を
開発したのがニッカー絵具


寒川高校のトイレが、
こんなに明るく大変身!
その効果で、偏差値もUPしたとか!?
(写真提供:ニッカー絵具)


寒川高校の生徒が主体となって
トイレの塗り替えを行った
(写真提供:ニッカー絵具)


暗くなりがちな高架下も
鮮やかな絵がつけば
空の下にいるような気分に
(写真提供:ニッカー絵具)


回転数の違うローラーに
通して混ぜる。色によって
混ぜる回数は異なる


布に写真をプリントして、
上から絵の具で着色すると
誰でも自画像が描けちゃう!


同じ素材と分量でも
同じ色が出るとは限らない。
そこは職人の技で、
見本と照らし合わせて作る


工場塗り替え完成時、
120名で宴会をした屋上。
ちなみに屋根には5度下がる
特殊塗料を塗ったので、
「夏が楽しみ!」とのこと

プロフィール

妻倉 一郎さん

妻倉 一郎さん

ニッカー絵具株式会社 代表取締役社長
1947年、青森県弘前市生まれ。生後間もなく東京に引っ越す。家業は帽子屋で、学習院大学の初等科の制帽を手掛けていた。その後、コマツ製作所に入社するも20代後半で退社。銀座で飲んでいた矢先、ニッカー絵具の求人広告が偶然目に入り、その足で当時有楽町にあった本社へ。結局、夜で誰もいなかった…(笑)。その後、ニッカー絵具に営業として採用され、2007年に先代に託され、代表取締役に。2010年に本社を練馬区に移す。「住んでみたらいい所!」という北町で好きな店は、創作料理屋「桃太郎」と、大衆割烹「美松」。どちらも、銀座で肥えた妻倉さんの舌を納得させるお店。

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