特集記事 Reviews

#062 練馬大根 農家
渡戸 章さん

石神井川で川しじみを
採った少年時代


 練馬の代名詞でもある「練馬大根」。一時期は途絶えてしまった練馬大根の栽培に、積極的に取り組んでいるのが、平和台で代々続く農家の6代目、渡戸さんです。

 「練馬大根は、長いもので1メートル以上にもなるので、男でもなかなか抜けずにまいっちゃうよ(笑)。味は、繊維質で辛みが強く、身が締まってるので、沢庵にぴったりですね」

 昔ながらの人力で大根を抜き、吊るして干して沢庵に加工までしている渡戸さん。今年78歳とはとても思えない屈強な体で、練馬の今昔を見守ってきました。練馬大根といっても、練馬全土が栽培に適しているわけではなく、低地では作れないので、ここ平和台や、春日町、高松、豊玉の一部などで作っていたとか。

 「昔は、平和台から、富士山や東武練馬の駅が見えたし、西武線の電車が通る音だって聞こえた…そのくらい静かだったんです。石神井川で、川しじみを採って食べたのも懐かしい思い出だね。学校にプールがないので、授業で石神井川に泳ぎに行ったっけ。農業用にせき止めて川幅が広くなっていたから、正久保橋あたりまでボート屋も出ていたねえ。10銭くらいだったかな? のどかな時代でしたね」

 そう懐かしく語る渡戸さんが農家を継いだのは、戦後のこと。日本社会が自由経済に変わった、まさに激動の時代でした。

 「昭和26年に野菜の統制経済がはずれ、農家は“自由”業になりました。『この品目をこの量作れ』という制約がなくなって、練馬の農家はどこも、一部作っていたお米をやめ、一気に野菜に切り替えたんです」

 米より野菜のほうが割に合う。「割に合うかどうか」、常に経済も視野に入れるのが、渡戸流の生き抜く術でした。

 「昔の農家は労働力頼みでしたが、先を見越した投資をしないと、資本主義で生きていけない。その思いは農業を継いだ当初からありましたね。だから練馬大根も作るだけじゃなく、沢庵という付加価値をつけてるんです。やればやるだけのことはある、それが自由業ですから。生産だけじゃない、その先を見据えていかないと」。



練馬大根で
日本人の原点を伝えたい!


 昔は、3300町歩の農家面積、3000戸の農家があった練馬の畑も、今は約10分の1。日本人の食生活に合わせて、作る野菜も変化したと言います。

 「明治19年生まれの祖母は、赤ナス(トマト)やレイシ(ゴーヤ)も作ったと言ってました。レイシは青いチクワといって、今と逆に、中の赤くなった部分を食べたとか。今は、パンに合わせてパセリやレタスを作るようになりました。戦後GHQの政策で、パン食に変わっちゃったのが大きいですね」

 「よくも悪くも、“かぶれやすい”のが日本人。でも、民族は、やってることにも食にも誇りを持たなくちゃ。どんな気取ったことを言っても、人間の原点はみんな裸。最初の飲み物はおっぱいなんですから(笑)。だから私は、せめて練馬大根で、『昔はこんなことをやっていたんだ』とアピールしたいんです!」

 気さくな話ぶりの中に、ひしひし伝わってくる熱い思い! ちなみに「今と逆」の話でいえば、昔は長かった人参も、買い物客のニーズに合わせて、どんどん短根になったそう。

 でも最近、長~い練馬大根を見て、「長いのがカッコいい!」と言うお客様が増えたそうです。「時代がまた変わった」と実感している渡戸さんは、農業を通して今日も練馬の行方を見守っています。

(2011年12月1日更新)
渡戸さんの畑。
住宅街の中にあります


エコ農薬を使うなど、
農薬にも細心の注意を払います。
単純に「無農薬がいい」と
言ってほしくない、と渡戸さん


「練馬大根引っこ抜き競技大会」。
今年は第5回目で
12月4日(日)開催


「練馬大根引っこ抜き競技大会」で
抜かれた大根は、翌日の
学校給食などに使われます


「たち編み」と呼ばれる
練馬特有の大根の干し方。
ずらーっと吊るされた
大根のカーテンは、圧巻!
すべて手作業です
(写真提供)


「沢庵作りは天日干しをして、
大根の水分をしっかり
抜くことが大切」と渡戸さん
(写真提供)


西武池袋本店で毎年恒例の
「ねりま漬物物産展」。
2012年は1月25日~
2月1日に開催予定
(2011年1月の様子)


「ねりま漬物物産展」では、
練馬大根たくあん漬が一番人気!


昔の話がするする出てきて、
自然と話に引き込まれます

プロフィール

渡戸 章さん

渡戸 章さん

1934年、練馬区平和台の渡戸家に7人兄弟の長男として生まれ、戦後、6代目として農業を継ぐ。1990年から区と提携して、練馬大根の栽培に携わる。「みんなと同じことをするだけじゃやっていけない」という信条のもと、精力的に畑に出る日々。自然にあふれていた頃の練馬もよく知っている。小中学校の6・3制の第一期生。ちなみに遠足は、小学校1年は豊島園、小2石神井公園、小3天覧山(飯能)、小4海軍・陸軍記念館、小5所沢飛行場。中3の修学旅行は、熱海日帰り(!)。サラリーマンから転身した次男が、後継ぎとして修行中。

練馬大根

ねりま人一覧