特集記事 Reviews

#036 能楽師
登坂 武雄さん

チャンバラの延長で能の世界へ
修行の日々が始まった


 日本を代表する古典芸術のひとつ、能楽。日本人でありながら、能楽堂へ能を見に行ったことのある人は少ないのではないでしょうか。セリフが難しそう、面(おもて)がコワい!? そんなイメージは一旦置いといて、面をはずした能楽師の人柄や人生にふれたら、興味の種が生まれてくるかもしれません。子どもの時から能の魅力に取りつかれ、一意専心してきた重要無形文化財指定の登坂武雄さんにお話をうかがってきました。

 登坂さんが能の世界に入ったのは小学3年生の時。能が好きで東京芸大で能を学んでいた父親に連れられて、舞台を度々観に行ったことがきっかけでした。
 「やんちゃだったのかな? 刀を使った切り込みがある演目でした。とてもかっこよく見えました。よくチャンバラで遊んでいたので、その延長のような気持ちでした」

 すぐさま宝生英雄家元に入門したものの、厳しい修行の連続でした。半そで、半ズボンであっても容赦なく、お師匠さんから硬い張扇でピシャリとやられ、何回やってもできなければお稽古は切り上げられてしまうことも…。
 「子どもなので叩かれると相当痛かったです。でも、悔しいとは思いましたが、やめようとは思いませんでしたね」

 当時の『鞍馬天狗』の舞台の写真を見せていただきました。ここに写っている子方(子役)の仲間たちは、50年たった今でもみんな能の舞台で活躍されているそうです。
 「能は60歳でやっと新人賞の世界。死ぬまで修行ですよ」
 能の世界は厳しいながらも奥が深く、不思議な魅力にあふれているようです。

 能の舞台は、ひとつの演目が1時間半から2時間近くにもなります。子方もずっと正座しているようですが、辛くはないのですか?
 「だんだん足がしびれてきちゃって痛かったですよ。でも、大人の先輩たちの芸を見て自分もいつかあんな風に演じたいと思いましたね」

 能も歌舞伎のように世襲制では? と疑問に思った方もいるかもしれませんが、実力主義の世界なんです。登坂さんのように外から入っても「もっとうまくなりたい」の一心で道を切り拓き、能舞台の主役であるシテ方として活躍できるんですよ。



能は一期一会の世界
舞台を全身全霊で演じきる


 登坂さんの仕事のペースは、月に2、3回の舞台、その合間に能舞台のあるご自宅でお弟子さんへ稽古をつけています。また、練馬区内の小学校で、能を教える活動を何年も継続されています。

 能にふれたことのない子どもたちに、どうやって教えていくのだろうと、第1回目の授業を見学させてもらいました。生徒は5年生の男女15名、ちょっぴり緊張の面持ちです。能の歴史や面についてさらりと解説を終えると、登坂さんはいきなり謡を始め「はい、後に続いて!」と、子どもたちをぐいぐい引っ張っていきます。

 登坂さんの潔く澄みきった声が教室中に響き渡り、はじめは尻込みしていた子どもたちも、次第に覚悟を決め大きな声が出るようになっていきました。腹式呼吸を使って、体にもとても良さそうです。

 「外国に行くと、『日本のものを何かやってみせてください』といわれる機会も多いと聞きます。これからの国際社会できっと役に立つと思うし、大人になってからでも能をやろうと思ってくれたらうれしいですね」

 実際の能の舞台は、どのように作り上げらていくのでしょうか。

 「演目が決まると、自分の役を個人個人で練習します。舞台の前日に、初めて出演者全員が集まって申し合せ(リハーサル)をするだけで、あとは当日の舞台のみです。数ある演目も一生のうち、いつ演じられるのか、再び演じられるのかどうかも分かりません。演出家もいない世界で、出演者が日頃の修行の中から培った感性で、全体の和を考えながら演じて舞台を作り上げていくものなのです」
 
 まさに、能は一期一会の総合芸術。全身全霊で演じている様子がヒシヒシと伝わってきました。傍らで自然に寄り添うように支えているのは奥様の恵子さん。時折、能の解説を付け加えてくれたり、笑顔で場を和ませてくれたり…。その様子は『登坂さんの一番のファン』といった感じで、息もピッタリでした。

(2009年9月1日更新)


面をつけると
気持ちがひきしまります。
能は面を着けて演じる
一種の仮面劇。
首の角度や仕草で
様々な感情を表現します。


子どもの頃、お師匠さんに
シカの革を張った張扇で
悪いところを叩かれた
こともありました。


昭和35年3月の舞台『鞍馬天狗』
(登坂さん写真提供)


豊玉小学校で子どもたちに
仕舞を教える登坂さん。


謡は腹式呼吸を使って
大きくはっきりした声を出します。


奥様手作りのスライドを使って
小学生に能について解説中。


ご自宅の能舞台。
宝生能楽堂の建設に携わった
設計士に作ってもらった
自慢の舞台です。


「船弁慶」でシテを演じる登坂さん。
(登坂さん写真提供)

プロフィール

登坂 武雄さん

登坂 武雄さん

昭和20年練馬区生まれ。能楽師シテ方。9歳から能の修行に入り、宝生九郎、宝生英雄に師事。宝生能楽堂の舞台に立つかたわら、練馬区内のご自宅でお弟子さんに稽古をつける。練馬の好きな場所は、練馬駅近くのインド料理店「ケララバワン」。インド公演を懐かしんで、よく行かれるそうです。また、遠くに富士山が見え区全体を見渡せる、区役所の20階もお気に入りとのこと。

登坂武雄

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